世の中、黄金週間真っ最中。 わたくしは、そんな賑わう東京の渋谷で「今日なん曜日?」「今日って祝日??」とかいう会話が飛び交うような、シャバから離れた日々を過ごしておりました。
お二人の素晴らしきインド人の師、マスター・スダカーとドクター・マドヴァンによるティーチャートレーニングコース。
「Vision of yoga the art of teaching 」
真のインドの「ヨガの真髄」を身につけ、本物のヨガを知るために、毎日DOOR TO DOORで毎日15時間。 前半10日間が無事に終了したので、やっとPCの前に座っています。 昨年の秋のことでした。 もっと学びを深めたい、でも絶対間違った道は避けたい。きちんと正しい道の入り口に立ちたい。その目を磨くまでは焦るのをやめよう。でも学びたい、でもどうしたら・・・とぐるぐる悶々としていたところ、するっと目に飛び込んできたWSのお知らせがありました。「インドの英知」と書いてありました。 「ビビッときた」としかいいようがありません。すぐに申し込みをして、WSに参加しました。 そして、はじまって 30分もたたないうちに、心の中で「いた・・師が現れた!」と強く思ったのをはっきり覚えています。 でも、渋谷のchama先生のスタジオにちょこんと白い衣装を着て座ったときはぼんやりと「わたしなんでここにいるんだろう」とも思いました。不思議な縁すぎて。
メンバーの自己紹介はじまると、香港やドバイなどの海外からの受講生、高速バスで毎日通学される方、ホテル住まいで学ばれる方・・・実に様々なかたが集まっていることを知ります。気合いが伝わってきます。
私はただまっさらに、気負わず学ぶことが第一の課題でした。
とにかくこの10日間、私はよく泣きました。情けないくらいに。
心の奥底にしまっていた感情が溢れて、新しい知識に感動して、単に身体を開く痛みに、家族への感謝に、師への思いに、向かい合わなければならないハードルを越えるために、実によく泣きました。 誰よりもカラダが動かないし開かないのでそれだけで苦労したけれど、痛みを恐れず正しい方法を導いてくれるその点だけを信じてのヒップオープン。股関節の動きへのアプローチ。 智慧熱が出るほどの、ヨガ哲学の座学。サンスクリット語、マントラ、アーサナの定義、ヨガの歴史・・・
マスターは言いました。
「情報はただの情報にすぎない。それを経験してはじめて智慧になる」と。
価値観も固定概念もがらんがらんに崩されて、新たな土壌を作ってもらったのだと思っています。 間違った情報や、カラダの使い方やバンダ、プラナヤマの解釈、これを覆すのはほんとうにほんとうに大変だったと思います。生徒よりも先生方が。 お弟子さんのマドカさんにも大変お世話になりました。マスターの言葉を適確に(たまにはオブラートに包んで!)愛情たっぷりに通訳をしてくださいました。 目を見張る素晴らしいデモをみせてくださいました。言葉でもカラダでも私達受講生を支えてくれてとても感謝しています。
マスターにもドクターにも、マドカさんにも、23人の仲間達にも、どうかまた無事に再会できますように。
後半の10日間も学びに没頭することができますように。 私はとにかく、この学びを日常に落とし込む。これに尽きます。ヨガ哲学のYAMAもNIYAMAも、全て日常に落とし込むことが課題です。
夢のような学びの10日間が終わって、翌日月曜日から私はもうフル活動。PTA活動があり、劇場の仕事に行き、サッカーの役員会があり、マタニティーのクラスもあって臨月妊婦ちゃんを送り出しました。次回まだ生まれてなかったら会おうねって言いながら。 こういう日常があって、学びがある。
真実は一つ。その道しるべ、行き先案内の光、見失わないように、根底にいつも教えが流れていますように。
全てに感謝しています。
Asato ma sat gamaya Tamaso ma jyotir gamaya Mrityor ma amritam gamaya