★★メッセージ★★


運動が苦手な方も身体がかたいからと諦めている方も、無理なくはじめられるようなプログラムです。 よろしくお願いします! 一緒にヨーガの効能を体験いたしましょう。

がんクラス向上委員会

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がん体験者を対象とした ヨーガクラスを開催するスタジオ・ 指導者の任意団体です。 委員会のメンバーです。

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自分の感じ方次第で。

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    今朝の東京はやっと晴れのお天気です。

    昨日は予想のつかない突然の豪雨に翻弄された一日でした。

    朝、職場に向かう途中にみごとに滑ってすっころび、滝のように降る雨のなか、

    傘も飛び、水たまりにダイブした私です。パンツまでびしょ濡れで、スキニーは絞れるほどでした。

    怪我しなくてよかった!とそのまま職場に行くと、すぐに職場のかたがストックの制服から着替えのスカートを手配してくれてありがたかったです。

    しかし!在庫があったスカートはすべて私のサイズより1,2サイズ下の小さなもの。

    タイトスカートでなんとかはいたらかなりのパツパツミニスカートに。しかも生足。

    だけどそのシルエットは新鮮でした(笑)

     

    さて。なんでこんな話をするかといいますと、ふと、気づいたことがあったからです。
    そういえばもうずっとこんな大小かかわらず思わぬアクシデントに遭遇したときも「チッ!何でこんなことに・・・」とか「ついてない、嫌になるっ!」なとどいう感情は湧いてこなくなってるなぁということです。

    ただ起きたことを受け止める。さてどうしようか?と考える。それだけ。
     

    これがどれだけ自分を痛めつけず、他人に迷惑をかけず、無駄なストレスを生まないことか。
     

    自分を痛めるのは自分の思考。物事の受け止め方だとあらためて感じます。
    日々同居の家族が年老いて自由がきかなくなり私がやらなければならないことがどんどん増え、生活に自由がなくたったと感じても、その生活の隙間隙間に喜びがある。学ぶことがある。他人の行動がスイッチになって私から生まれる怒りの感情も「さてどうするか?」と考え変換する術がある。これは大きな私の宝物だと思います。

    ヨガをやっていて本当によかったよ!ありがとう神様!ありがとう先生!ありがとう、私をイライラさせる人たち(笑)

     

    子育て中のお母さん達にもそんなヨガ効果が届くといいなと思います。

    私がやんちゃな幼児と病弱な赤子を抱え多忙なオットと暮らしながらの有職主婦だったあのころ、ヨガの教えがあったらよかったのにとつくづく思うもの。

    こんな風に赤ちゃんが遊んでいても!あたたかく見守れるもの(笑)

    懐かしい光景!

    1000枚以上ある自宅のCDや何百冊の本棚の本を散乱させて山になったその中でよだれ垂らしながら一生懸命なにやら吟味していた息子の後ろ姿とか、

    よく呆然と眺めていました(笑)

     

    9月は23日(金)10:15〜11:45

    府中生涯学習センター 地下音楽室

    にて、ママヨガクラスがあります。ご参加お待ちしております^^

     

    さぁ、今日はこれから万年ゴールドカードの運転免許の更新に行ってきます。

    みなさまよい一日を!

     

     

    JUGEMテーマ:働くママ

    JUGEMテーマ:ヨガ

     

     


    今ある喜び

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      10年来の付き合いになるインストラクター仲間で、同じく受験生を抱えた母である友人に会った。
      「どう?最近」と聞くと、
      「もうさー、やらなきゃいけないこといーっぱいあるのに、全く自分にかまけてないわよ!自分のことなんてなんにもできてないわ!」と
      笑顔で答えが返ってきた。
      インストラクターやボディワークを生業にしていると自分自身の学びはずっと続くし、多くの人は常に学びたい欲も満々にあると思う。
      家族が節目を迎え大変な時に支える役目、雑用を担う役目、生命を支える食事を用意する仕事、心のケア、そして出資・・・やることがいっぱいで時間もお金も自分の為にはなかなか使えない。

      ずっとそういうことを“いいわけ”にしていたなと感じたのは数年前。言い訳にするのをやめる努力をした。
      だからといって自分の役目は変わらないので、せめてこの「枷」を喜びとしようと思った。しようと思わなくてもそもそも喜びじゃん?ということに気づいたのだ。

      「持っていることに感謝をする」

      簡単なようで難しい。だけど、意識的に心の片隅においておくとおのずとそういうふうに思考が動くようなきがする。
      だから、私も、友人も、「自分にかまけてない」状態を嘆く風であってもそれをいう時は笑顔なんだと気付いて幸福感に満たされるのだ。

      これからレッスン。その後月イチyoga部のディープインナージャーニー。
      夕飯の支度はロールキャベツ、煮る前のスタンバイOK!
      いってきます。

      クリア体験

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        今日は兼ねてからきちんと指導のもとでやりたいと願っていた、ヨガの浄化法、ジャラネティ(鼻うがい)とスートラネティ(紐を使う鼻の浄化法)の実践が叶いました!ありがとう、満月。

        ヨーガの勉強を続けていると、学ぶべきものが目の前に次々と降りてきておのずとこの学びは一生なのだと気づきます。
        膨大な智慧の一部に触れる喜び、新しい感覚を自身の心や身体に呼び覚ます体験は私たちの生きる上での宝となっていきます。

        この度、インド人のドクターとマスターの正しい指導のもと、クリアの体験ができたことも私の大切な学びとなりました。
        身体の免疫力を高め、自然治癒力を促進させる浄化技術の一つであるネティを、その準備から終了後の回復食までを、日本に居ながらにして実践できるなんて素晴らしいこと。

        ネティポットで鼻腔を洗ったあとにやるスートラネティ。鼻うがいよりちょっとハードル高い気がしてました。
        まず、口開けて喉ちんこを見せる練習をします。 喉の奥にスートラ(紐)が降りてきて、それを指でつまんで引き出すので、舌が塞いで邪魔をしないための練習です。
        子供の頃、舌の付け根で喉ちんこに触る感触が面白くてよくやっていたおバカな子だったので、これは得意でした!(いらぬ情報)
        で、水に浸した紐(ゴム製で結構太く見える)を片鼻から入れていくわけですが、まあ力を抜いていればスルスルと入り、軽くぶつかれば角度をかえていくと喉の奥に降りてきます。
        私の場合ここまでは楽勝。しかし!
        この喉の奥にある紐の先を摘むのが難しかった。 そこにいるのに触れられない、掴んでもスルッと逃げるもどかしい!まるで恋愛初期のような必死感で紐を探すわけですが、インドから来日されているドクターのデモンストレーションでは瞬きしている間にもう口から紐がでていて、デンタルフロスのごとくシュコシュコと鼻腔のお掃除をされてました。
        その後なんとかつまみ出した紐を涙目で数回行き来して終了。奥の方の何か(不純物)がでてかなりすっきり。
        頭も視界もすっきりです。
        クリアのあとは、先生と有志の皆さんが作ってくれた愛情たっぷりの回復治癒食、キチャリをいただきました。
        粘膜の再生を促す作用があり、空腹の胃にも染み渡ります。ここまでがクリアの行程なのです。
        はふー。しみる。この数日でなんど回復食をたべただろう。(二日間の断食もしていたので) 回復しっぱなしで味覚も冴え、胃も軽く快適です。 そして鼻の穴が1.5倍になったかのような爽快感があり、最高です。日常に取り入れます!(決意)

        秋の夜のギーター

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          古代インドで生まれた聖典、バカヴァッド・ギーター。
          「マハーバーラタ」という長編叙情詩の一部であるので、ギーターは耳に心地よく綴られ
          インドでは子供でも読み書きができない人でも解る、人々に根付いている経典だということです。

          いくつかの訳で読んでみて、私はこの3冊とサンスクリット語→英語の訳になっているものの4つを
          好んで読んでいます。
          訳として一番好きなのは、田中嫺玉さんという女性の訳です。日本語がね、好みです。
          選ぶ単語や流れる語感が好きなのですが、「きっちり淡々と何の色もつけず読むならば上村勝彦先生のものをすすめますよ」
          とおっしゃった方がいて持ち運びにも便利な岩波文庫も手元に置きました。
          また、「日本語のように多様な言い回しのできる言語ではなく、パーンとストレートにこれ以上でも以下でもない訳を読むならば、
          やはり英語訳ですよ」と勧めてくれる方もいて、なるほどなるほどと。英語辞書片手に読んだりもします。
          どれも微妙にニュアンスが違って面白い。
          同じ章節を4つ読み比べると、感じ方が、理解のしやすさが違う。そこを楽しみます。

          私は自分の日常生活に沿わせて読むところから興味を持ったので、生々しく自分に落とし込んで読んでみてましたが、
          先日、私の師であるマスタースダカーの座学を聴いていたときに、
          「聖典は、今自分の視線で理解しようとしても、ゆがめて解釈することになる」というアドバイスをいただきました。
          自分が見ている人生の見方に本を沿わせて解釈してしまう。ということです。聖典とはそのように読むのではないのだと
          あらためて学びました。
          マインドで考えてマインドで読むことなかれ。〇は〇に過ぎず〇なんだ。という読み方を。んーん難しい。

          今日は秋の雨の一日、時間があったので、紙芝居をみるように、昔話を読むように読んでいました。
          私のギーター勉強はそこからはじまります。

          特別な時間

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            4時起き。 Brahma Muhoorthaと呼ばれる、とても純粋なバランスの取れた状態が身体や心をつつんでくれる時間帯。 朝練して、お弁当作りも終わる頃すっかり明るい、ヤマホロシ越しの空。おはよう。

            経験

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              3年前の学びが、今やっとストンと体験できて腑に落ちた。
              まだほんの掴みだけど、闇の中で雲をつかもうとしていた頃と明らかに違う。すごく、すごく、嬉しい。
              単なる情報が、経験によって知識になる。



              年輪の重なり

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                シニアヨガTT二日目。一日中iPhoneの電源を切っていたので、帰り際電源入れてびっくり。
                母から着信が32件。 母は認知症を患っているのでこういうことも多々あるんだけど、心配になりすぐに折り返すと明るい声の母が出た。 私のためにいろいろ荷物を送ったわよ、という件。脱力〜
                でも何事もなくてひと安心。 父にもかわってもらいしばし話す。久しぶり。
                オットの両親と同居なので、ついつい忙しさにかまけて実家の両親と話をする機会が減っている。
                今回シニアヨガをマスターから集中的に学び、思うことがたくさんあった。まだ途中だけど。 マスター自身のお母様への思い、仲間のお父様とのエピソード、身近な高齢者への関わり方のあれこれ。 全て自分にも当てはめて考えることしきり。 大切な人も自分自身も確実に年をとる。
                年輪を重ねることは素晴らしいと常々思っているほうだけど、マスターに学んでさらに加齢に対する考え方がクリアになった。
                自然の流れにそって成熟していくことを誇りに思う生き方をしたい。
                TTが終わったら、両親×2(笑)へ、私ができることをもっと考えてやってみる。話をもっとしよう。
                トレーニングの最後に自分か何を思っているのかも楽しみだ。
                久しぶりに聞いた父の声にちょっと 泣けた夜。 夜桜がきれいだったよ。

                すべてはながれてゆく。

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                  先日職場の先輩から、子供の勉強方法についてアドバイスをいただいのだけど、それはそのまんま自分自身の学びにも当てはまるなと感じていたところ。
                  同じ師に学ぶ同期の仲間との練習会で気づいたことを記しておく。

                  私の器はザルのように穴が空いていて、新しい教えや情報や学びを詰め込むと、溢れるまえに穴から漏れる。
                  欲張りすぎると穴が広がる。
                  その穴を、漏れないように小さくするには、既に持っているもの、学んだものを繰り返し繰り返し復習すること。
                  わかるまで何度も。

                  そして、ある日突然はっと気づき、手が届くとそれは既に過去に流れていく。
                  その繰り返し。穴は小さく。 あんなに焦がれて、そこに到達したかったはずなのに、手にしたとたんに何でもなくなって去っていくんだ。そんな話も帰りに友達としながら帰ってきた。
                  寝不足の身体、ハードワークで疲れた身体、昨夜のお酒もちょい残り自業自得だったけど、今は清々しい軽さ。
                  股関節の軽さ。 そんでもって心の軽さ。 同期の皆様、ありがとう!

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                  ストレスをデザートに?!

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                    晴れ渡る青空をみあげて、思わず泣けることありませんか? 私はあります。
                    真っ青な空でビューティフルデイ。昨日は そんな日でした。
                    凛と佇む築地本願寺で、ちょうど1年ぶりに再会したヨガの先生(ドクターマドヴァン)と、 昨年の秋のトレーニング以来のマスタースダカーのワークショップが開催されました。 私をヨガの入口に立たせてくれた先生方です。

                    こんな快晴の日に、こんな神聖な場所で、再会できたことが嬉しかった! 目が合ったとたん「マキ!」と喝を入れられて、びくーーっ!としましたけど(笑) 一瞬一瞬ありがたいなぁと思いながら過ごしました。
                    おかげで今日も股関節はすごく軽いし、ちょうど日々の練習の中で「ビヤガラーサナ」ってすげぇ。ってあらためて思ってたこの頃だったから、再度「すげぇ」って思って帰ってきました。
                    一年前はシャワーのように降り注ぐヨガの教えを受け止めきれずにじゃばじゃば取りこぼしてました。
                    ぜんぜんピンとこなくて、わからなかったこといっぱいありました。
                    この日も、ドクターの講義で同じところで躓きました。でも、なんで躓いているのかが解ったことだけは、1年間の成果かもしれません。 ヨガは素晴らしい。楽しい。そして、快適(幸せ)に向かう道は厳しい。だけどたのしいー!
                    私の師事する先生方は流派関係なく私の中で共通点がいっぱいあって、一様に「自分の体を楽しむ」ことを教えてくれます。
                    そして、今の私に必要な言葉をさくっとくれるのです。クリティカルヒットな一言を、です。
                    今夜の練習でも、自分のカラダで感じる楽しさにウキウキしました^^ 今日はわたし、背中で海に浮ける!と思ったほど背中にぶわっと酸素が行き渡ったような感覚を味わいました。きもちいいー!これも先生がきっかけをくれました。
                    細かく細かく深く繊細に自分のカラダを見つめて対話していくこと。それを、体感をもって納得すること。こんな興奮することないよね。こんな楽しいことないよ。ほんとに。

                    こんな気持ちをまたもやタイムリーに、 『ヨガはSTRESSED(ストレス)をDESSERTS(デザート)に変える。』(スペルを反対にするとデザートになるよね) ってマスターが教えてくれたけど、それだって今だからわかることなんだと思って昨日はそんなことまで嬉しく思ったりしていました。 ナマステ。

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                    旅の途中

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                      セルフジャーニーPart?10日間 前期の10日間とあわせて200時間、マスター・スダカーによるトレーニングVISION OF YOGAが無事に終了しあっという間に1週間以上の時間が経ってしまった。
                      「自分を知る旅」「本当の自分と出会う旅」・・・そのような言葉で何度か語られた今回のティーチャートレーニングは私にとって大いなる“冒険”で、“挑戦”で、かけがえの無い“経験”であったと思う。 トレーニングの直前に持病が悪化したり、受験生の息子の期末試験が重なったり、10日間家を空ける諸々の準備に翻弄されたりでかなり弱気のスタートをきった私。
                      「あー毎日通いきれるかなぁ・・・」そんな不安を抱えたまま。

                      ++

                       初日のPUJA(神聖な歴代のヨガの聖人達へのお祈り、怪我などすることなくこのコースを皆無事に終了できるよう願いを込めるお祈り)を終えたあとに、マスターが前期私たちに蒔いた種がどのように芽吹いているか見たい。そのようなことをおっしゃったのでビビる。いや、ビビる必要はないのだけど。 確実に土をやぶってもっこり顔をだした芽がある自覚はある。自覚はあるけど、かなりのスロースピードなのもたしか。
                      まぁいい。私はこれ以上でも以下でもない。
                      そう何度も思いながらトレーニングに向き合った。 頭で考えること、心で受け止めること、知って手放すこと、次々とたくさんの課題が降ってくる中、毎日やるありがたいマスターのフロー!(クラスメイトのマキコさんが「火を噴くフローだと言ってたっけ。うまいな。)はすごかった。 滴る汗、自分との闘い!!40半ばでスポコンかブートキャンプか。
                      2、3日帰りの駅の階段が上れませんでした(死) でもこれは私が力をつかって筋肉を無駄に酷使してアサナをやった結果。本当はこんな使い方はしない。しないのはわかってるのに筋肉痛に泣く。
                      それが4日目のフローの後突然身体が軽く、筋肉痛も去り、自分の足がとても軽くなったのを実感して唸る。すごい、やっぱり「その先」が欲しかったら途中で怠けたらたどり着かないのか。 ここでまず“経験値”ポイントゲットって感じだ。
                      しかし、ちょうど中間地点で私の気力と体力が悲鳴をあげるのだった。インバージョンの練習のあとしばらく起き上がれずスタジオに転がってた。 もうだめかもぉぉ〜と天井を見ながらチョロリと涙がでるが知らんぷりしてなんとか家に帰った。

                      頭の中で、ずっと『自分の限界を尊重すること』と『怠慢に負けないこと』との違いはなんなんだろうかと考えていた。

                       “きもちよぉ〜くカラダを伸ばしてぇ〜 自分のココロと繋がってぇ〜 無理をしないで〜りらぁ〜っくすぅ〜”っていうのがヨガだと思ってた数年前の私と胸の中でお話してみたりして。
                      そしてお決まりのように「比べる」という心の動きがやってくる。人と比べて自分を傷つけるという厄介な心の動きが。
                      TTの間にマスターが自分のIDを取り外せるか?という問いかけをされてみんなで頭を悩ませた。ただの自分になれるか。 家族も仕事も容姿も名前も自分から取り外せるか→無理!嫌だ!→それならなんで心から「自分であること」にこの上ない幸福感を味わえない? あぁ。悶々悶々・・・・
                      そんなとき、やっぱり「経験をしなければわからないよな」って漠然と思って、とことん比べてみることにした。 障害をもった子供たちの学校の先生をしている友人が、とても共感してくれて、すてきな言葉をくれたのでご紹介しておこう。
                      「比べる事で、違いを知る事で、自分の姿がわかる。人は一人一人違うということを知る事ができる。 だから徹底的に比べるということも必要なのかなと思った。その先に、比べた結果をありのまま受容する、という経験がやってくると。」 (こういう実際ヨガをしていなくてもヨギだと思う人が私の周りにはけっこういるのだ。)

                      自分を受容する。

                      それで突破口が見つかった気がして、翌日もうボロボロ(なぜか片眼が腫れてかなり不細工)の状態でスタジオにいったら、やっぱり午前中は容赦ない、もとい、ありあがたいフローで始まった。 で、初めに言っちゃうと、私はこのフローで変わったんだ! いつものように、何分やったのかも何をやったのかもわからない瞬間瞬間だけをひたすら動き呼吸して進んでいったフロー。
                      途中、絶対無理だわと思っていたポーズの前でじっとしていた。無理をしたらいかんと勝手に判断して。そしたらすかさずマスターから 「マキ、GO!!!」と叱咤されて、えぇ〜〜と心で思いながら挑戦してみたらすんなりできたのだった。
                      ずっと見ていてくれたマスターがやっぱりでっかい声で「GOOD!」と笑顔で返してくれた。なんだこれ。ちょっと感動。
                      そして感動に浸る間もなくそのあともサクサクと続く動きの最後に、パドマーサナ(蓮華座)のままゴロンゴロンと転がるなんとも不思議な動きを指示されるがままにやって、いつの間にかフローは終了していた。

                      マットに座って、あらびっくり! 目が1.5倍ぐらいに広がったような、目の前の紗が晴れたような、めちゃくちゃクリアな視界。 スッキリ!!!ってこういうこと?びっくりして思わずゲラゲラ笑ってしまうような至福感・・・・の直後にきたのは・・・・ なんととめどなく溢れる涙であった。 おかしくなっちゃったのかと思ったよ。恥ずかしくて下向いていたら、 「アサナをして涙を流している人がいてもほっといてあげるんだよ」っていうような意味のことを優しくマスターがみんなに話してくれて、あーいいのかーと思ったらさらにだらだらと涙が。 私はこのとき初めてアサナの本当の効能(の一片)に触れたような気がした。 これは私の経験だ。だけど、一人ではとてもじゃないけどできなかった経験だ。 師というのは「経験」に導いてくれる人なのかもしれない。

                      だいぶ長くなってしまったけど、この一連の経験が今回の私の学びの大きな収穫であったと思う。 書こうと思えばもっと、へぼへぼだった試験のことや不甲斐なくて泣けた最終日のことや助けてくれた友達のことやありがたい小話やトレーニング中の家族のことやあれこれいっぱい書けるのだけど、まずはこのことを記しておきたかった。 なかなかまとまらず、今日やっとトレーニング後の初オフ日だったので書いてみた。

                      長い長い一生続くヨガの旅に連れ出してくれたマスター・スダカーと全く無知であった私にヨガ哲学を教えてくださったドクター・マドヴァンに心から感謝の気持ちを。
                      そして、きめ細かいサポートや心遣い、素晴らしいオンリーワンな通訳をしてくださった円さんにもありったけのありがとうを。
                      だれも文句一つ言わず送り出してくれていた家族にも、同期のTT生のみんなにも、たくさんの愛を。
                      ありがとう、ありがとう。 ここまで読んでくださったあなたにも、ありがとう。

                      あ、そうだ。 最後に・・・ ボインとかセクシーとかじゃなく、“ビキニ着るために脂肪燃やさなくっちゃ!”系の間違ったトリコナーサナをやってたからという残念な理由で「ビキニマキというあだ名をいただいた件。 だけは記しておく。
                      ナマステ


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